1月3日は今年初めてピアノを弾きました。
書き初めならぬ、弾き初めです。
とは言うものの、年末は入院とか色々あったので指運動だけで精一杯でしたが。
12月、少しだけ指良くなったかなーと思ったのも束の間。また戻った感じです(退化)。
まあ3歩歩いて2歩下がるじゃないですけど、今年も少しずつ上手くなっていければ良いなと思います。
っていうか、ピアノが調律だけじゃ改善できない不具合が多すぎる。
そりゃあ20年以上本格的なメンテをしないで調律だけで凌いでいたらそうなるわ。
しかも、その間に何回も引っ越しで動かしてるんだからガタも来るわけだ。
今年は、少しピアノに投資できるよう色々頑張ります。
それと先日のブログで少し触れた年賀状問題。
やはり10通ぐらいは書くので、今年初めて文字を書きました。
ボールペンですが、一応書き初めと言う事で。
そもそも書き初めというのは、新年を迎え初めて毛筆で字を書く年中行事の1つです。
毎年1月2日がこの日のあたります。
小中学校だと冬休みの宿題の定番でもありますね。
僕は彼此、中学校を卒業して20年近く文字を書くために毛筆というものに触れていないわけですが…
まあこの宿題が毎年毎年大変で大変で。
僕は小中学生の時は、毎年この宿題が憎くて仕方がありませんでした。
その理由は
・準備が面倒くさい
・後片付けが面倒くさい
・なんか書道用の名前(雅号?師範代?)を持ってる母親の指導がうるさい
・遊びたい
これらの理由に加えて、ただでさえ字が汚い僕には苦行以外の何者でもありません。
一説には、字の上達を祈願する意味もあるそうですが、今でも僕の字が下手な事から鑑みるに、この説は完全に否定出来ますね。
準備、後片付けが面倒くさいというのは皆さんも容易に想像が出来るかと思います。
まず、新聞紙を広げるスペースを確保する為に床の片付けをしなくてはいけません。
もうこの時点で匙ポイポイですよ。
ブツブツ言いながら新聞紙を広げ半紙と文鎮を置き、硯に墨を入れる。ここまでで1時間は掛かります。
そして、半紙の半分くらいの大きさのお手本を置いてスタンバイ完了です。
課題は忘れましたが『新たな気持ち』だの『豊かな実り』だのそこら辺のありがちな言葉です。
それだけでもう戦意0なんですが、ここで登場するのがなんか書に長けてる母親ですよ。毎年、書き初めの宿題の時にはスパルタ式鬼軍曹と化すのです。
「筆の持ち方違う!」「同じ文字書いてる時に墨付け直さない!」「そこ2度書きしない!」「ばかじゃねーの!?」という僕の態度があまりにも悪いので、指導を超して罵詈雑言まで飛び交います。
どう足掻いたって字習ってる器用な女子が金賞や銀賞をかっさらっていくんだから、どうでもええやんといった僕の叫びには1mmも共鳴してくれません。
冬休み明けに授業参観があり、全員の書き初めが廊下に張り出されるので恥ずかしいものを出して欲しくないという気持ちもあったのかも知れません。
そんな内紛が我が家では毎年年始に繰り広げられていたのです。
そして遂に中学3年生の冬休み。
遂に書き初めに対する長年積み重なった僕のフラストレーションが爆発しました。
うろ覚えで申し訳ないんですが、確か『希望の心』みたいな課題だったと思うんですよ。
義務教育の集大成を飾る中学3年生の書き初め。
課題に含まれる漢字もかなり難易度の高いものになります。
もう本当嫌だ。
書道の道具一式を当時住んでいたマンションの7階から全て放り出したくなります。
賄賂を渡して、書道が得意な伊東君に本気で代筆をお願いしようか考えていたくらいです。
「こんな受験勉強に全く関係の無いことやってても意味がねえ!やってらんねえ!俺今年受験生なんやで!」と、普段成績もぱっとしない中の中レベルで、大した受験勉強もしない奴がこの日ばかりは大口を叩きます。
「いやでも、宿題出さなかったら内申点下がって受験に悪影響」父親の一撃の下、轟沈させられます。
中学生は内申点という言葉をチラつかせれば簡単にマインドコントロールができてしまいます。
更に父親は、「はら、ぴあかなそこまで勉強得意ではないやろ?だからこういうところで先生達にアピールしなきゃ」と受験生に追い打ちをかけます。
ぐうの音も出ないとは正にこの事だ。
もう嫌だ嫌だと泣き喚いて、半紙に鼻水なんか垂れ落としながらスパルタ指導の下何枚か書きます。
「もう伊東に書いてもらう!!!!」と本気で彼に電話をかけようとしていました。
5~6枚完成しましたが、母親は全く満足していない模様。
「もう終わりでええやん!6枚書いたからもうあとは提出するのあみだで決めようや!」半泣きで母親に懇願するも「う~ん…もう少しよく出来るな…」と一切妥協を許しません。
多分この時点で開始から3時間近く経っていたはずです。
さすがに進歩の無さを見かねた父親は「もうこれくらいにしたら?」と母親に打診しますが、それでも母親は譲りません。
しかし、本当に進歩もクソも無い腕前なので、きりがありません。
あと1枚。
それが出来たら選定に入ろうという事になります。
今までの母親指導を全て思い出しながら、自分の血を筆に注ぎ込み全神経を集中させて一画一画書いていきます。
脳内でロッキーのテーマが鳴り響きながら汗と涙が滲んだ遂に7枚目が完成。
下手なりに会心の出来です!
圧倒的に他のものより上手い!
提出はこれに決まり!
「やったーーできた!もうこれで終わり!」
母親も苦笑いながら「まあ…いいかもう。買い物にも行かなきゃいけないし。」
「もう片付ける!終わりーーーーーーーー!!!!!!!」
「あ…」
「は?」
「これ7枚目。半紙の表裏逆だわ。これはあかん。やり直し。」
1回緊張の糸が解けた集中力は簡単には戻りません。
ぴあかな君再びギャンギャン騒ぎ始めます。
僕にはもう1枚も書き上げる余力が残っていません。
既に僕のライフポイントは0です。
「じゃあ買い物行ってくるから書いてなね。7枚目より上手く書くんだよ。」
さらっと残酷なことを言い放ち、母親は買い物に出かけます。
僕が憎かったのは、小さいお手本用紙です。
教師の陰謀か何か知りませんが、半紙と同じ大きさのお手本用紙を僕らに配布しなかったのです。
これが同じ大きさであれば半紙の下に敷いてなぞるだけですむのに。
まあ僕みたいな考えの奴が量産されてるから配布しなかったんでしょうけど。
こいつさえ…こいつさえ大きくなれば僕はすぐに終わらせることが出来るんだ…
すると父親が半紙の大きさに拡大して合わせた文字を1文字ずつA4用紙にコピーして渡してくれました。
「もうそれ敷いてやんなよ…」
そして僕は禁断のチート技に手を染めてしまうのでした。
チート技を使うことには何の罪悪感も躊躇いもありません。
もうなりふり構わず、とにかく終わらせられれば良いのですから。
そこからはチョキチョキ塗り塗り。工作の時間が始まります。
A4用紙をつなぎ合わせ、チートお手本用紙が完成しました。
ええ、1発で7枚目を遙かに凌駕する作品が出来ましたとも。
チートお手本をすぐにゴミ箱に捨てて証拠隠滅。
母親が帰ってくる前に後片付けを全て済ませ、不正作品を乾かしておきます。
母親が買い物から帰ってきました。
「できたの~?」と、僕の不正作品を確認します。
見るやいなやすぐに「これ、何敷いて書いた?」と即バレしました。
そしてゴミ箱にあるチートお手本を見つけ
「これで良いと思うならこれで提出すれば?」とキレてますが、僕はお構いなしに
「良いと思う!だって良いと思うから!!」と、もはや知能が崩壊したような回答。
内心、やべーこれで金賞取って出展とかされちゃったらどうしよう!バレるかな!とか思っていました。
しかしこんなにやってもですね、本当に字が上手い作品と並べると下手くそだという事が発覚。
冬休み明けに全員の書き初めが廊下に一斉に張り出されたのですが、比較対象があると本当に上手い生徒の作品は字が生きてるのが良くわかるんですよね。
僕のなんて所詮パチモン。結局出展どころかどの賞にもノミネートすらされずただのモブ作品の1つとして飾られていただけです。
いかに実寸大の文字をなぞったからっても、本来の技術が伴っていなければどこか違和感を覚える文字です。芯が細いというかなんというか。
こんなチート技で不正行為をした奴が、まさか10年後小学校に勤めて子ども達に習字を教えていた時期があったんですから、人生わからないもんです。
中学卒業以来、筆を握ってない奴が偉そうに「もっとここをこうしたら上手くなるよ!」とか言ってるんですからね。
僕が唯一的確な指導が出来るとしたら、いざ書こうとしている子どもの半紙の表裏が逆になってた時の指導なくらいですよ。
ああ、でも「どんなに下手でも良いから自分の力だけで書き上げるのが大事だよ」っていう声掛けは良かった気がします。
「誰が言うてんねん」という自分への全力突っ込みが心の中で大爆発しましたけど。
今年は本当に久しぶりに書道というものをやってみるのもいいかも?
と、回収されない伏線を張っておきますか。