エロス(ぴあかな)は激怒した。
必ず、かの邪気暴虐の教師を除かなければならぬと決意した。
エロスには恋愛がわからぬ。
エロスはどこにでもいるような少しおとなしめの中学3年生である。
けれども性欲に対しては、人一倍に敏感であった。
エロスには竹馬の友があった。
中学1年の時に仲良くなり、今でも連絡を取り合う山村という男である。
2人揃えばエロス(ぴあかな)とエロヌンティウス(山村)である。
このエロヌンティウスというのが、年の離れた兄が2人もいるので、中学生離れしたありとあらゆる性事情についての情報通だった。
エロスの中学時代の性教育の知識は、全てエロヌンティウスから教授されたと言っても過言ではない。
2人の会話は、それはもう口を開けばエロい話しか出てこない。
脳内の中心から末端まで全てエロで埋め尽くされている程のエロトークが展開されるのである。
因みにエロヌンティウスは一般教科の勉強が大して出来るわけでもなく、エロスと同じくクラスでも目立つ方ではなかったが、保健体育の性教育の筆記試験で満点を叩き出して以来、皆から『エロ村』という名誉ある渾名で呼ばれていた。
今日もエロスはエロヌンティウスと一緒に下校していた。
エロヌンティウスは下校中にエロスの家で休憩していくのが日課となっていた。
その日もいつも通り、我が家に立ち寄り雑談やゲームをしていく。
普段は機嫌が悪くなる事などないエロヌンティウスだ。
けれども、なんだか、その日は彼の表情が寂しい。
のんきなエロスも、だんだん不安になってきた。
進路の事で不安でもあったのだろうか。
2人の兄が進学校から早慶に行くレベルだから自分の劣等感に苛まれているのだろうか。
どうして元気が無いのか、と質問した。
エロヌンティウスは首を振って答えなかった。
こんどはもう少し、語勢を強くして質問した。
エロヌンティウスは答えなかった。
「なんかあったら相談してくれよって言ったじゃないか。だったら俺にだって相談してくれよ。」
エロヌンティウスは、あたりをはばかる低音で、わずか答えた。
「高橋は、人の話を遮る。」
高橋とはエロス達の学年の体育教師だ。
「何を遮るのだ。」
「今日、水泳授業の時間に砂山が女子更衣室に入っていったろう。」
砂山というのは、エロス達の学年の札付きの悪グループの男子構成員。
この日は、そのグループの悪ノリで砂山が女子更衣室に突撃するという蛮行が行われ、学年集会が開かれたのだ。
エロスは砂山が女子更衣室から駆け出してくる一瞬を見ただけだった。
エロスもエロヌンティウスもそのようなグループとは殆ど無縁の陰キャライフを送っていたので、なぜエロヌンティウスが落ち込んでいるかはわからなかった。
エロヌンティウスが悪グループと一緒に怒られるなんて事は有り得ないだろうに。
そしてエロヌンティウスはこう続けた。
「砂山の奴、あとで自分の目で見てきた事を武勇伝のように廊下で話していたんだ。」
「更衣室で見てきた事を話していたのか。」
「そうだ。俺は耳に全神経を集中させてその話を聞いていた。」
「どんな話だったのだ。俺らは砂山のようになってはいけない。だから砂山が行った蛮行を後学のために聞かせてくれ。」
「はじめは鈴木さんが水着を脱ごうとしていた事」
「なんとあの鈴木さんが…」
「それから佐藤さんがタオルを巻いていただけの姿だった事」
「おどろいた。砂山は乱心か。」
砂山を乱心と指摘しながら、実はエロスとエロヌンティウスはその内容を楽しんでいたのであった。
「その話の続きを。その場に吉村さんはいたのか?鈴木さん、佐藤さんとくれば次は吉村さんだろぉ!?その近くには吉村さんもいただろおぉ!?」
エロスはどさくさに紛れて密かに想いを寄せている吉村さんについての情報を引き出そうとした。
鈴木、佐藤、吉村といえばポーカーならスリーカードの役に匹敵する程の密接な仲だ。
鈴木、佐藤のいるところに吉村あり。
間違いなくこの話の続きには吉村さんが登場するだろうとエロスは胸を高鳴らせた。
「いいや、俺が聞いたのはここまでだ。意気揚々と話す砂山を見つけた高橋が止めに入った。」
聞いて、エロスは激怒した。
「なんと。乱心は高橋の方だったか。呆れた教師だ。生かして置けぬ。」
エロスは単純な男であった。
高橋め。何故砂山の話を遮ったのか、何故我が盟友であるエロヌンティウスに更衣室の情報を入れさせてくれなかったのか。
教員としては至極真っ当な事をしているにも関わらず、思春期のエロスからすると高橋の行為こそが蛮行そのものであった。
翌朝、エロヌンティウスと登校したエロスは校門に立つ高橋を見つけた。
「おう。ぴあかな、山村!おはよう!」
こいつめ。砂山の話を遮りおって何が爽やかに「おはよう!」だ。
エロヌンティウスも昨日の件で高橋には怒りを覚えていた。
悪に染まりきれないエロス達は無難に挨拶を交わしたが、高橋の前を通り過ぎた後の顔は真っ赤で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かったに違いない。
その日、砂山は学校を休んだ。
元々学校をサボる傾向にあったのでいつものそれか、或いは昨日の悪事が広まり登校しにくくなってしまったのかは定かではなかった。
そこで小学校の時は仲の良かった悪グループの構成員であるリッキーに訊いてみる事にした。
「リッキー。今日砂山どしたん?」
「今日は来ねえって言っとった。何か用でもあったんか?」
リッキーは中学生になってからは所属グループこそ変わってしまったが、小学校の時はエロスと同じクラスで毎日一緒に遊んでいた仲。お互いの家をよく行き来した程の間柄。
全くの部外者であれば何も仲間内の事を話さないリッキーだったが、昔の事もありエロスには心を開いていたので砂山の事を訊く事が出来た。
「いや、ほら、砂山昨日あれだったじゃん?先生に怒られたし…だから来ないのかなーって」
恰も砂山の事を心配ているかのような装いをしてリッキーに話しかけたが、実際は砂山の心配など微塵もしていない。
エロスの頭の中は、昨日の更衣室の話、吉村さんの情報がこぼれ落ちてくる事だけしか考えていなかった。きっとリッキーなら既に砂山と情報を共有しているだろうと見込んで話しかけたのだ。
「なんだ砂山の事心配してんのか。大丈夫だ。あいつはそんな事じゃへこたれねえよ。ただ単に新しいゲームを買ったから2~3日休むってだけだ。俺らも学校終わったら会いに行く。ぴあかなも一緒に行くか?」
「いや、俺は遠慮しておくよ。」
「へへ、ピアノか?ぴあかなは変わらねえな。」
眉毛全ゾリで髪はツンツン。安全ピンで沢山穴を空けた傷だらけの耳たぶを持つリッキーだが、笑うと毎日一緒に遊んでたあの頃のあどけない笑顔であった。
そうか、あと2~3日待てば英雄が凱旋するのか。
しかし、英雄が凱旋したところで例の手柄話を必ず聞けるとは限らない。
小学校こそ同じだったが、そんなに親交のなかった砂山にいきなりエロスから例の話題をふるわけにはいかない。
そこで嘗ての盟友であるリッキーに少々踏み込んで訊いてみる事にした。
「なあ、リッキー。お前昨日の砂山の件。砂山からなんか聞いとるんか?」
流石に露骨に更衣室で何を見たのかとは訊けなかったので、後はリッキーに察してもらう他はない。
リッキーは普段おとなしめのエロスからこのような質問が出た事に少々驚いているようだった。
「なんだぴあかな。おめえも知りてえのか?」
ゴリゴリのヤンキーと陰キャの密談。
普段のクラスの光景からは考えられない異色のコラボ。
周りも何故あの2人が?という疑問を持った事だろう。
エロヌンティウスだけは何か期待を込めた目でエロスの事を眺めていた。
エロヌンティウスも砂山の話の続きが気になって仕方ないのだ。
そしてリッキーは重い口を開いた。
「砂山が更衣室に突撃したのは、おととい俺らの中で賭けをしてて、それに負けた奴の罰ゲームだったんだぜ。」
いや違う。
そういう話を聞きに来たんじゃない。
でもリッキーイカついから言えない。
「先輩んちで賭け麻雀やって砂山が負けたんだが、金がねえって言うからじゃあ明日のプールの授業の後、女子更衣室に突撃なってなったんだぜ。」
うんうんわかったわかった。
でも要点はそこじゃない。リッキー気づいて…
「そ…そんな流れだったんだ。」
ヤンキー同士の話なんてどうでもいい。
でもリッキーは賭け麻雀をやっていた事、その時飲酒や喫煙をしていた事を物凄い楽しそうに話す。
話はどんどん脱線してしまい、ただのヤンキー自慢話になってしまった。
そのような話を聞く為に話しかけたのではない。
エロスが喉から手が出る程に欲しているのは、砂山が更衣室で何をみたかという話、いや何なら吉村さんの事だけだ。
しかし、エロスは不本意ながらリッキーに話を合わせる。
ここでエロスが勇み足を踏んでしまいリッキーのご機嫌を損ねて砂山が更衣室で見てきた事を聞けなくなったら、ここまでの時間全てが水泡に帰する。
そこで次の授業のチャイムが鳴った。
この時ほど学校のチャイムを憎んだ事は後にも先にも無かった。
リッキーは違うクラスなので自分の教室に帰らなければならない。
リッキーはたまたまエロスのクラスに遊びに来ていただけだったのだ。
普段はチャイムが鳴ろうが授業中だろうがそこら中ほっつき歩いているくせに、今日に限ってチャイムが鳴った瞬間そそくさと自分の教室に戻るリッキー。
昨日、個別に高橋に呼び出されて説教を受けた事が、少なからず彼の態度に良い影響が出てしまったのだろうか。
エロスはこの時ばかりはそれは悪影響だと思ったが。
エロスは口惜しく、地団駄を踏んだ。ものも言わなくなった。
その日の午後、竹馬の友、エロヌンティウスは職員室に召された。
決して学力の面では優等生ではないが、職員室に呼び出されるような悪事を働くような生徒ではない。
下校中に何故職員室に呼び出されたのかエロヌンティウスに尋ねてみた。
「なんでも無い。」
エロヌンティウスは笑って話を逸らそうとした。
エロスがしつこく尋ねるとようやくエロヌンティウスは恥ずかしながら話し始めた。
どうやらその日、珍しくリッキーとたいぽんのヤンキー2人がエロヌンティウスを囲んで広場の隅で話していたのを高橋が目撃したらしい。
たいぽんも小学生の頃はエロスと毎日遊んでいた仲だ。見た目はイカついが根は良い奴である。
話の内容はエロヌンティウスと2人のヤンキーがゲームの話をしていただけだったのだが、それが恫喝されてる構図の様に高橋の目には映ったのだろう。
普段相見えない生徒同士の接触に高橋が心配してエロヌンティウスを職員室に呼び、事情を聞いたというのだ。
「俺はマジでリッキー達とゲームの話をしていただけなんだ。そして職員室ではその時の事を聞かれた。それだけだ。」
しかし、エロスは納得がいかなかった。
エロヌンティウスがリッキー達と、そして職員室で話した内容は信じる事はできた。
だが嘗ての盟友であるリッキーとたいぽんがエロヌンティウスと話していたと言うだけで恫喝の容疑をかけられたという事に納得がいかなかったのだ。
確かに最近の彼等の態度は目に余るところがある。
しかし、小学生の頃から一緒だった彼等は憎めないところもあり、グループは別れてしまい見た目も恐ろしく変貌したが、今日のリッキーのように話せば良い奴なのだ。
そんな彼等に疑いの目を向けた高橋にエロスは激怒し踵を返した。
エロスは高橋を問いただすべく職員室に戻ろうとした。
いざ職員室を前にしたら扉を叩ける勇気も無いくせに。
「いや、俺はマジで奴らに何もされてねえって」
「それはわかった。だがなリッキー達がお前に恫喝をしたと疑った高橋を俺は許せねえんだ。」
「別にお前が出て行く事じゃねえだろ。」
エロヌンティウスを突き放し、エロスは学校に向かう。
エロヌンティウスが何か言った。きっと戻れエロスと言ったのであろう。
しかし、エロスの背中にもうその声は届かなかった。
「あ、ぴあかな。」
「誰だ。」エロスは急ぐ足を止めて尋ねた。
そこにはリッキーとたいぽん、そして学校をサボった砂山が公園でたむろしていた。
「どうした?今から登校か?」唯一私服の砂山がニヤニヤしながら話しかけてくる。
エロスは事情を話した。
するとリッキーは豪快に笑い
「別にそんな事で職員室に行かなくてええわ。俺らがおとなしい山村を囲んで話してたら疑われても仕方ねえよ。でもぴあかなありがとな。」
自分らのために動こうとしたエロスにリッキーとたいぽんは喜んでいたようだった。
「小6の時は毎日遊んでたのに最近話もしねえからな。ぴあかなは最近は調子どうよ?進路とか。ピアノやっていくんか?」
久しぶりに彼等と会話をして、懐かしい友情に浸る事が出来た。
見た目も変わってしまい、飲酒や喫煙だの年相応の背伸びをしているが、根は変わっていないものだ。
エロスは嘗ての盟友達を見た目だけで敬遠していた自分を恥じた。
「で、砂山。更衣室突撃はどうだった?」
でかしたたいぽん。
唐突に思ってもみなかった素晴らしいトスがここで上がった。
「おう、そんでよお」
学校外なので砂山の口調も軽い軽い。
おお!エロスも聞けるのか!吉村さん!正に棚からぼた餅とはこの事だぜ!
エロスは澄ました顔をして興味が無いような装いをしているが、内心砂山の話めちゃくちゃ気になる。
砂山よ。鈴木さん。佐藤さんと来て。次は?次は?
吉村さんはどうだった。砂山よ。お前は果たして吉村さんの体を臨む事はできたのか…!
「ってかよぉ。ぴあかな。おめえズボンのチャック開いてるじゃあねえか。俺の話聞いて興奮してその窓からチ○コがご挨拶しちまうんじゃねえか?」
「っ……!?ほんまや!ぴあかな!はっず!!」
いても立ってもいられなくなりエロスは走り去った。
吉村さんどころじゃねえ。
誰もいないところまで来て、エロスは自分のチャックが開いているズボンを眺めた。
エロスは、ひどく赤面した。
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