ある日の事でございます。
ぴあかな様は最寄り駅のホームのふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。
ホームに並ぶ加齢臭がする中年男性、化粧品を身に纏った女性、何とも云えない様々な臭いが、絶間なくあたりへ溢れて居ります。
此の世は丁度通勤ラッシュなのでございましょう。
やがてぴあかな様は列の最後尾にお並びになって、ふと天井からぶら下がっている電光掲示板の容子を御覧になりました。
すると、いつも出勤の為にお乗りになる8:02発の電車が遅れている事にお気づきになります。
ただでさえ相当に混雑する通勤ラッシュに加え更に遅延が生じたとなると、乗車する車両はまるで罪人同士がひしめき合う地獄の窯のような形相になるのでございます。
やがて電光掲示板から8:02の表示が消えてしまい、愈々いつ電車が来る事か全くわからなくなってしまいました。
上司に遅延で遅刻する旨を伝えるメールを作ろうとスマホを取り出すと、その瞬間ホームに電車が入ってまいりました。
この電車に乗れば、始業時間には間に合いそうでございます。
相当な混雑具合ではございましたが、此処まで来てしまいました手前、後戻りは出来ません。
まずターミナル駅に向かう為に、この電車に10分程乗る事になりました。
非常に混雑をしていた為、他の乗客達と一緒に僅かに蠢く事しか出来ません。
途中駅に停車をする度に、下車をする客は無く乗車客のみが増えていき、窮屈な体勢をとらざるを得ないのでございました。
ぴあかな様はターミナル駅に到着すると「もう嫌や。いつもの出勤の何倍も体力使ったわ。もう働く分も使ったわ。もうこのまま帰ろうかな」と御思いになりましたが、反対方向の電車も止まっている事にお気づきになり、職場に向かうしかない事を御痛感されました。
するとぴあかな様は改札口に遅延証明書が入れられた箱を見つけられました。
ご自由にお取りくださいと書かれたその箱から、遅延の影響を受けた人々が遅延証明書を取り出して改札の外に出て行きます。
ぴあかな様はその容子を御覧になりながら、このように御思いになりました。
「今から急げばギリ始業時間に間に合うけど、遅延証明書を手に入れたら急がなくてよくね?」
当初、15分程の遅れで遅延証明書にもその旨が記載されているのだと御思いになり「せめて走らないでゆっくり行けるくらいの遅刻にしよう」と御考えになりました。
そして遅延証明書を手にお取りになると、そこには衝撃の数字が書いてありました。
『本日、ご乗車の電車は90分遅延したことを証明いたします。』
なんとぴあかな様のお乗りになられた電車は、8:02発の電車ではなく、本来6:30頃に出発する電車だったのでございます。
そこでぴあかな様の一本の意図が生じたのでございます。
「90分遅れてもええんか。ならギリギリまでこの遅延証明書を有効活用させて頂きますか」
現時点で走ればギリギリ始業時間に間に合う、ゆっくり行っても15分ほどの遅刻で済む、しかしこの遅延証明書さえあれば90分遅刻して出勤が出来るのです。
すぐ上司に90分電車が遅延して足止めを食らっている事をご連絡されました。仕事でもこうやって迅速な判断と対応が出来ればいいのに。
そしてぴあかな様は次にお乗りになる電車の改札とは真逆の方向にそそくさとお歩きになり、なんとあろう事か『立ち食い蕎麦屋』にご入店されたのでした。
「丁度朝飯食ってなかったからなー。普段食べないけど今日はなんか食べて行こー」
普段朝食を摂ると腹痛が起きるので避けていたのですが、この日に限って急に朝食が食べたくなりましたので仕方ありません。
券売機の前で迷いながら注文する品を御選びになります。
「迷うなー。でもいいか。時間だけはたっぷりあるし。」
そしてぴあかな様がお選びになったのは一杯の山菜そば。
空いた時間は最大限に有効活用します。
行こうと思えばすぐに職場に向かえるのですが、90分という強大なアドバンテージを手に入れてしまった以上、わざわざそれを殺してまで仕事に向き合える程ぴあかな様は仕事人間ではございません。
5分程で蕎麦を掻き込み、まだ1時間以上時間に猶予がある事にお気づきになられます。
流石に、立ち食い蕎麦屋でこのまま時間を潰すわけにはいきません。だからと言って職場に向かうつもりもございません。
「ウィンドウショッピングしていくか!」
遂にぴあかな様は駅構内からお出になり繁華街に足をお運びになりました。
しかしまだ時間は9時過ぎ。
家電量販店やゲーム屋なんて開いている筈がありません。
それでもぴあかな様は勤務時間から解放されて上機嫌。
いずれ来よう飲み屋なんかを探しつつ駅周辺を散策するのでした。
ぴあかな様はふと時計を御覧になると時間は間も無く10時を迎えようとしていました。
楽しい時間は矢のように早く過ぎるものです。
何時までも油を売っているわけにはいきません。
ぴあかな様はついに観念されて職場に向かうのでした。
職場に到着すると「大変だったねー」と色々心配されました。
「いやー大変でした。全然電車動かなくてー」と、話を合わせていました。
和気藹々としており、しかも遅延やら欠勤やらあまりうるさくない職場でしたのでこういった技がなせるというのもありました。
そうこうしながらPCを立ち上げ早速仕事に入ります。
今日の勤務時間はマイナス90分だ。良かった良かった。
しかしここで、ぴあかな様は大誤算を起こしていた事にお気づきになります。
なんと本来ぴあかな様より出勤時間が遅く、その上で同じ遅延路線を使っていた前野さんがぴあかな様より先に職場に到着していたのです。
これはもうどこかで時空の歪みが生じたというしか説明がつきません。
前なのは名前だけにしてくれよ。
完全に前野さんの存在は盲点でした。
上機嫌だったぴあかな様の安堵感は急にぷつりと音を立てて
あっと云う間もなく風を切って、独楽のようにくるくるまわりながら、見る見る中に不安の底へ、まっさかさまに落ちてしまいました。
後から何も言われる事は無かったので、恐らく逃げ切ったと思っているのですが、果たして本当に大丈夫だったのでしょうか。
こんなぴあかな様の愚行をきっとお釈迦様は極楽の蓮池の淵に立って御覧になっているでしょう。
やはり人間悪い事はするものではございません
悪事が明るみに出ないかどうかをずっと気にかけながら、職場ももう午に近くなったのでございましょう。
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