久々の学生時代シリーズ投下。
2015年の演奏会のやつです。
出来はともかくとして、恩師に教えて頂いた最後の曲ですし、この曲を起点としていくつかブラームスの論文も執筆しましたしで、何かと思い入れの強い曲です。
なんか色々書いたんでちょっと長めです。
今更改めて言う必要もないですって?
ブラームスというと、音楽室にある肖像画なんかではサンタクロースみたいな髭を生やしたおじいさんみたいな印象をお持ちを方もいるかもしれません。
今回投稿したブラームスの『ピアノソナタ第3番』は1853年、なんとブラームスが20歳の時に作曲した作品。
20歳でこんな大作を作れるなんてやはり天才です。
そして現存しているその頃のブラームスの写真↓↓
イケメン過ぎます。
クラシック音楽界の作曲家ではF.リスト(1811~1886)がイケメン枠を牛耳っているように思われますが、若かりし頃のブラームスも中々男前ではないでしょうか。
リストと比べるとやっぱり田舎者というか地味な感じですけど。
それでこのブラームスの『ピアノソナタ第3番』なんですが、『ソナタ』というのは、ピアノ曲を作曲した有名な作曲家なら必ずと言っていいほど作っているジャンルの曲なんですね。
『ソナタ』って良く耳にする名前だけど、じゃあそれってなんなのさってところです。
ー『ピアノソナタ』とはー
時代によって様々な解釈がありますが、一般的にクラシック音楽で使われている意味においては『ソナタ形式』に則って作られた作品です。
「『ソナタ形式』とな…そなたは何を申しておる?」と思われるかもしれませんが、物凄く簡単に説明すると『ソナタ形式』という曲の構造のルールが含まれている楽章がある曲を指します。
ポップスで言えば、『イントロ-Aメロ-Bメロ-サビ~……』みたいな王道のルールに従っているようなやつ。
オーケストラだったら『交響曲』。
コンチェルトだったら『協奏曲』。
例外をあげればキリがないですが、基本はこのように考えてもらえればOKです。
『ソナタ形式』の基本的な構造は
主題部(A)- 展開部(B)- 再現部(A')
というものです。提示部も細分化できるんですが今回は割愛。
早い話が、
A=メインテーマ
B=うわっ!なんか雰囲気変わった!
A'=最初に戻ってきた!すげー!でもなんか最初とちょっと違う!すげええええ!
っていう感じです。
『ソナタ形式』が入っている曲の多くは多楽章構成です。
第○楽章とかいうクラシック音楽でよく使うやつです。
3楽章、4楽章構成あたりが主流です。
第1楽章は速い曲。第2楽章はゆっくりな曲。第3楽章は速い曲。
急-緩-急の構造を持っているのも『ソナタ』の特徴です。
この『ソナタ』というのはクラシック音楽界の王道ジャンルなんですが、その最盛期は古典派音楽の時期といえます。
古典派音楽の有名な作曲家といえば、J.F.ハイドン(1732~1809)、W.A.モーツァルト(1756~1791)、L.v.ベートーヴェン(1770~1827)。
彼等は生涯にわたって数十曲の『ピアノソナタ』を作曲しています。
特にベートーヴェンの『ピアノソナタ』というのは彼の作曲技法の変遷を明確に見て取る事のできる作品であり、またその完成度も『ピアノの新約聖書』と言われる程、世に功績を残した重要な作品となっています。
とにかく彼等の音楽は『形式美』を尊重しているものでして、その『形式美』が『ソナタ形式』と上手くマッチして多くのピアノソナタが生み出されていったと僕は考えています。
当時の音楽は『形式美』である。
という考えが18世紀後半までは主流だったのですが、これは音楽が貴族文化のものであった事も一因です。
それが、時代が下るにつれフランス革命を発端にヨーロッパでは市民階級の勢力が増してきます。
そうなってくると、今まで貴族階級のものだった音楽も市民階級に届き始め、そしてそれは『形式美』より『感情』を優先した音楽が多く生み出され始めました。
こうして音楽史は、古典派音楽からロマン派音楽に推移していきます。
「はい!じゃあ1810年になったから今日から音楽界はロマン派ね!」なんて明確な区切りはないのですが、1810年代の多くの作曲家の楽曲あたりから、古典派音楽からの脱却、即ちロマン派音楽の片鱗が垣間見られるのです。
そもそも、ベートーヴェンは宮廷お抱えの音楽家ではなくしかもリベラル派(自由主義)の人間でしたから、『形式美』を重んじる『ピアノソナタ』においても結構当時の常識から逸脱した事をしています。
例えば有名な『月光ソナタ』は、なんと第1楽章が物凄いゆっくりな曲。
これは当時からしたら有り得ない。
っていうか後世の『ピアノソナタ』を見ても中々ないんじゃないかしら。
時代は下り19世紀に突入。
時市民階級が勢力を増してきた時代に生まれたロマン派の作曲家多く登場します。
F.ショパン(1810~1849)、F.リスト(1811~1886)、J.ブラームス(1833~1897)あたりが代表です。
ここで彼等の作った『ピアノソナタ』の数を見てみますが、
ショパン=全3曲
リスト=全1曲
ブラームス=全3曲
あれあれ。
古典派の先輩作曲家達は生涯にわたって数十曲も作っていたのにロマン派の後輩君達はどうしちゃったのでしょう。
この時代になると、そもそも『ピアノソナタ』というジャンル自体が形骸化した時代遅れのものになってしまったのでしょうか。
理由は様々あると考えられますが、その理由の1つとして他ジャンルの台頭があります。
ショパンもリストもそれまでの作曲家がメインで取り上げてこなかったジャンル(バラード、ノクターン、小品集、演奏会用エチュード等)に着手した事。これらの音楽は、古典派音楽と比較すると形式はかなり自由。
そういった作風を重んじるロマン派音楽ですから、自然と『ピアノソナタ』に着手する環境が減ったというのはあると思います。
だからといって、ロマン派時代の作曲家達が『ピアノソナタ』を軽蔑していたかというとそんな事はありません。
数は少ないといえども上に挙げた3人のロマン派作曲家の『ピアノソナタ』は、とても大規模で超力作。
なんかもうベートーヴェンの『ピアノソナタ』に追いつけ追い越せみたいな意気込みがメラメラ伝わってくるような熱い作品ばかりです。
時代的に小規模な作品、自由形式な作品が求められるようになってきたのに対して、『ピアノソナタ』は、その逆を行っています。
『形式美』は維持しながら、どれだけ規模を拡張してなおかつ時代のニーズも反映したオリジナリティーを入れていけるか。
そんな事を考えていたら、そうおいそれとコンスタントに作曲ができるはずもありません。
これも、ロマン派から急に『ピアノソナタ』の数が減った理由の1つだと思います。
で、この後ヨーロッパ音楽界というのはロマン派の『標題音楽派』と伝統尊重派の『絶対音楽派』がバチバチにぶつかり合うんですが、いい加減話の収拾がつかなくなりそうなのでここでやーめた。
ー『ピアノソナタ第3番』について軽くー
さて、毎度の事遅くなりましたが、今回YouTubeに投稿したブラームスの『ピアノソナタ第3番』について少しだけ書いてみます。
冒頭でも書いたとおり、この曲はブラームスが20歳の時に作曲した作品。
何度でも書くけど、20歳でこんな大作を書くのはマジで天才。
僕なんて20歳の時はテキーラ童貞を卒業して、いけるいけるがはははとか言ってバカみたいな飲み方して青山の街が回って見えたとか、どっかでマーライオンになってたみたいな記憶ばっかですもん。
そんな事はどうでもいいんですが、がっつりロマン派時代に生まれたブラームスですが、彼はリストとは違い比較的伝統に忠実な作曲をしていました。
リストと対照的で時代の最先端を行くっていうよりかは、伝統を守り職人肌で静かにコツコツやっていきますよってタイプだったんじゃないかと思っています。
そんな彼ですが『ピアノソナタ』においては、この第3番を最後に亡くなるまで作曲をしていません。
64年の生涯で『ピアノソナタ』を20歳で打ち切りにしてしまっています。
個人的には、いやいやそんな才能あるんだし世間からベートーヴェンの後継者とか言われているんだからもっと作っておいてくれよと思うんですけど、本人の中でこの第3番で満足してしまったのか、或いは『ピアノソナタ』の拡張に限界を感じてしまったのかは定かではありませんが、これでおしまい。
当時、音楽批評家としても有名だったロマン派の作曲家、R.シューマン(1810~1856)にこの作品を批評してもらうよう、彼の元に楽譜を送っています。
シューマンは若いブラームスの才能を見抜き、自身の出版している音楽雑誌にブラームスを紹介したり、楽譜出版のサポートをしていました。
才能はあるけど、性格が控え目なので中々日の目を浴びる機会が少なかったブラームス。そんな彼にシューマンのおかげで少しずつ世間の目が向き始めました。
その頃に『ピアノソナタ第3番』は作曲されたのです。
この曲は『ピアノソナタ』としては異例の
5楽章構成!
もうこの時点で、何か新しい事をしてやろう感が満載です。
とはいえ、徒にそれまでの模倣をてんこ盛りにしたいうものではなく楽曲構成は実に緻密に計算されています。
じゃあそれはどの部分なの?って話なんですが、この曲は第3楽章を中心として第1楽章は第5楽章と、第2楽章は第4楽章シンメトリーな関係になるように構成がされています。
これは5楽章だからこそ成せる構造です。
第1楽章は第5楽章は一見、楽曲間に共通性はないように見えますが、1楽章に『ソナタ形式』を、第5楽章に『ロンド形式』を採ることによって伝統的なソナタの構成を維持しようとする試みが見られます。
第2楽章は第4楽章は、意図的に楽曲的に共通する部分が多く組み込まれています。
メロディーラインの動き方(旋律の下降)が同じなんですよね。
あとここも第2楽章冒頭なんですが↓↓
ドイツ語で書かれた詩が楽譜の頭に載せられているんですよね。
訳は、
『黄昏が迫り、月は光り輝く
そこにふたつの心が、愛で結ばれ
互いに寄り添い、抱き合う』
というなんともエロティックな内容。
これは、シュテルナウというドイツの詩人の「若き恋」という詩の一節。
曲の終盤が正に愛で結ばれたかのような盛り上がり。
しかし、対になる第4楽章は…
ここでもまたシュテルナウの詩からタイトルを貰ってきていますがその内容が「回顧(Rückblick)」
物凄く哀愁がある曲調です。
これは第2楽章で結ばれた2人ですが、どっちかがフラれたな。
とか、この楽章のこことこの楽章のここがリンクしてる!なんて面白い考察ができる箇所が散りばめられているので皆様ももし良かったら探してみて下さい。
因みに僕はこの曲をテーマにした論文でそんな事ばっかり探していました。
全体的にはやはりベートーヴェンの作風が強く影響している作品だと思います。
曲全体を通してベートーヴェンの『交響曲第5番”運命”』の有名なジャジャジャジャーンのリズムも明らかに意識して多用されていますし。
ー謝罪ー
今回の動画を制作するにあたって、曲の進行と共に楽譜も提示されていくシステムをまたやろうとしたんですよ。
前回のバルトークの時みたいに。
まあ前回から薄々まずいな感はあったんですが、今回音源と楽譜の提示のタイミングがどうしても合わなくて。
編集の時は合っているのに、いざエクスポートしてみたらクソみたいにズレやがってて、頑張ったのですがどうしても改善できず…。無料編集ソフトの限界ってやつか。
このままやってもストレスが溜まり時間を無駄に浪費する未来しか見えなかったので、申し訳ないですが、楽譜画像は無しの音声のみでお楽しみ下さい。
あともう一点謝罪。
今回の動画、マジでミス多いです。
原因分析
第1楽章=最初の緊張
第2楽章=慣れてきた気の緩み
第3楽章=中だるみ
第4楽章=ね…眠い
第5楽章=もう疲れた。
お耳汚しで申し訳ありません。
そして久しぶりにアカデミック寄りな記事を書いたら眠くなってきた。
おやすみなさい(AM11:27)
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